「才色兼備」という言葉は、最近のクラシック音楽界の若手の女性のためにあるのだろうか。矢野さんもずば抜けた技量と容姿を兼ね備えたお一人。先ず、とても魅力的な音を持っている。音に関しては、勿論楽器半分だが、あと半分はその人の音に対するセンスだ。奏者がどういう音を望んでいるかにかかっていると、最近特にそう思う。つまり、音は本来楽器が持っているもの、プラス、作られる部分があるということだ。もっと分かりやすく言ってしまえば、演奏者が出したいと思う好きな音色がある。この意味で言うと、矢野さんは深く響く低音から高い高音まで、たっぷりとした芳醇な音をイメージしているように思う。とてもグラマラスな音だ。多分、ブラームスやシューマンなどはお好きなのではないかと思う。そうそう、今日の曲目はトップにシューマンのヴァイオリンソナタ第2番、次いでモーツァルトのヴァイオリンソナタ第21番ニ短調、後半にエネスコのヴァイオリンソナタ3番「ルーマニア民謡風」。
モーツァルトのホ短調は別にして、あとはあまりコンサートではお目にかかりにくい曲目かもしれない。最近の若手演奏家全体にいえることとして、技術的な部分は充分に訓練されていて、基本的にひずみは先ず無い。矢野さんはあまりひけらかすタイプではないが、技術は相当なレベルを持ち合わせている。ジョルジュ・エネスコはヴァイオリン奏者で作曲家であったから、曲としてはロマン派的で民族的な人懐っこい旋律を持っていて分かりやすいが、器楽的レベルではかなりの難曲。それも矢野さんは一気に弾き飛ばす。爽快な弾きっぷりだ。しかも「技術的にバリバリで、さめた音楽」とは無縁のタイプ、熱い演奏を聴かす。既に基本的条件を総て備えているとすれば、今後ご本人がどういう音楽を自分の個性としていくかが見所というところだろうか。矢野さんでなければならないものをどう作っていくか、どういう矢野さんになっていくのか、それを是非とも聴いてみたいものだ。
ロシアのピアニスト、セルゲイ・クズネツォフさんも素晴らしい技量と音楽を持っている。しかもとてもセンシティブなタイプ。その容姿もすらりと背が高く、何かちょっとほっておけないような雰囲気をもっている好青年という感じだが、かといって音楽の線が細いということはない。とても緻密に音楽を創る感じだ。演奏後にお話を伺うと、シューベルトがお好きだと聞いて、とても合点がいった。
今日のデュオでいうと、よく合ってはいながら、別の世界を持っている2人のコンサート、という風に聴けた。デュオコンサートであれば、それぞれ単独に一曲ずつやって、一緒にできる曲で火花を散らすという構成などもいいのではないかとも思った次第。新しい個性に出会えるのはライブでもCDでもあるが、いろいろな組み合わせとその量はライブにはかなわない。生の音楽会の楽しみは、こういうところにもある。
ASO第156回 「矢野玲子/セルゲイ・クズネツォフ デュオリサイタル」