今までのコンサートの記録

第155回コンサート
ジャン・ダシュン (張達尋)コントラバス リサイタル
DaXun Zhang.Doublebass
2010年5月22日(土)
プログラム

ピアソラ:リベルタンゴ
岡野貞一:おぼろ月夜 編曲:いとうたつこ
グリーグ:チェロソナタ イ短調 Op. 36

バッハ :無伴奏チェロ組曲第5番 BWV1011v
中国古典:鳥語虫鳴 (京胡にて演奏)
ビゼー :カルメンファンタジー 編曲:ダシュン

コンサート寸評
ASO第155回 「ジャン・ダシュン(張龍尋)コントラバス リサイタル」

中国はとてつもない天才が出てくる国だ。小沢征爾さんが引っ張り出した二胡の天才奏者、姜建華(ジャン・ジェンフォア)さんもそうだが、とび抜けた腕前を持つ人が出てくる。

今回のジャン・ダシュンさんもそうだ。今までの「コントラバスがうまい」、というのとはまったく違う次元の腕を持つ。ヴァイオリンの難曲をそのままコントラバスで弾く。ようやく弾くという次元ではなく、完璧に手中に収めてまさにその芸妓を披露するという感じだ。

当日の曲目は、ピアソラの「リベルタンゴ」、ラフマニノフの「ヴォカリーズ」、グリークの「チェロソナタイ短調」、バッハの「無伴奏チェロ組曲の5番」、中国の古典として京胡という二胡に近い楽器での「鳥語虫鳴」、日本の曲から岡野貞一の「おぼろ月夜」、最後がビゼーの「カルメンファンタジー」(ダシュン編曲)というプログラム。

コントラバスとしては、ラフマニノフの「ヴォカリーズ」はたまにやられることがある。後はコントラバスでやること自体、驚きものだ。今流に言えば、「シンジラレナーイ!」というところ。先ず音ははずさない、テンポは速めの設定で、よどみなく弾く。当日チェロの大家堤剛さんも見えていた。インディアナ大学で教えておられるときに、コントラバス科の先生から、チェロの曲を弾く生徒がいるので、みてやって欲しい、といわれてのご縁だとか。学生の頃から既に技量の上では並外れていたのだろう。堤さんから伺い、またダシュンさんも会場でお話されたが、楽器の調弦を変えている。普通のコントラバスだと低い方からミラレソだが、曲によって調弦を変える。確かに音もチェロのような感じの音に聞こえるところもあるので、かなり張力を強めて高い音にしている感じもあるし、指版(弦を張ってある下の黒い板)も、高い音のほうは指版を伸ばした特注品となっていて、斜めに引き伸ばされた形になっている。ハイポジションに耐えるためだろう。ここで調弦を変えると書いたが、調弦を変えると当然指の位置が変わるわけで、弾くときのフィンガリングも変わる。それを難なくこなすこと自体、ちょっと驚きだ。大体弦楽器はポジションを固め、それだって大変なのに、うまくなると自在にポジションを移動できるようになる。その稽古をするわけだが、弦の音自体を変えてしまうということは、まさにコンピュータ並みのプログラムを持って、奇跡的な運動神経で統括しているということなのだろう。

弾くことに関しては、あっけに取られて感心するしかないというわけだ。ただ私は聴いていて単純に「何故コントラバスをやっているのだろう」となんとなく思った。あの巨体の楽器を技術で征服したいという欲求は良くわかる。それも類稀なレベルでだ。そして既に手中にある。多分これからはどういうものを目指していくのかを追い求めていかれるのだろうと思う。そういう意味では今後ずっとその変貌を見守りたいと思う。一番楽しめ、ダシュンさんの真骨頂が現れたと思ったのは、「鳥語虫鳴」。大道芸の師匠に二度習ったというお話だったが、京胡という小さい中国の楽器で演奏した(この人は音の出るものなら何でも弾けてしまうのかもしれない)。要するに擬音で構成された曲だが、鳥の声や虫の鳴き声を表しながら曲が続く。最初に書いた二胡の姜さんも「競馬」という曲(これも超絶技巧曲)で馬の鳴き声をやっていたが、そういう類。これはうますぎた。鳥の声、虫の音をここまでやるかということで、曲を作った人も人だが、ここまでやる人も凄いという感じ。会場からは笑いが漏れるほど。凄いことを難無くやってのけて、飄々としている様は、何となく道端の凄腕の巨匠を思った。まだ29歳。どんな演奏家になるのか追いかけたい。ピアノは柏木知子さん。

 (2010.5.22 松井孝夫)