今までのコンサートの記録

第157回コンサート
鈴木理恵子(Vn) & 若林顕 (P) デュオ
Rieko SUZUKI,Violin Akira WAKABAYASHI, piano
2010年9月18日(土)
プログラム

ベートーヴェン:ヴァイオリン ソナタ 第7番 作品30-2
ブラームス:ヴァイオリン ソナタ 第2番 イ長調 作品100
ショパン: クライスラー編曲 マズルカ 第45番a−moll
ショパン: ミルシタイン編曲 ノクターン cis−moll 遺作
サンサーンス:ヴァイオリン ソナタ 第1番 ニ短調 作品75

コンサート寸評
ASO第157回 「鈴木理恵子/若林顕 デュオリサイタル」

 今年は猛暑続きでうだる暑さに辟易していたが、それらを一気に蹴散らすほどの快演のコンサート。曲目は前半がベートーヴェンのヴァイオリンソナタ第7番とブラームスのヴァイオリンソナタ第2番、後半にショパン−クライスラー編曲のマズルカ第45番、ショパン−ミルシタイン編曲のノクターンと、サンサーンスのヴァイオリンソナタ第1番。

 鈴木さんのヴァイオリンは高い技術が安定していて、取り分け音色の感覚に魅力を感じた。どのパッセージも良く響かせ、ヴァイオリンの音そのものの魅力を感じさせる。このところ技巧をひけらかすタイプはたくさんいるが、なんといっても音の魅力は大きい。最近聴いた若手では、ディエゴ・トジという演奏家の音がとても印象に残っているが、鈴木さんの音にはそういう特色があるように思う。よく表れたのはブラームスか。ご本人も大変お好きと仰っていたが、うねりのある旋律と重厚な響きを紡ぎだして、心地良いブラームスが聴けた。特に低音域を高いポジションで弾く音の鳴らせ方などとても魅力的。

 ピアノの若林さんはASOに久々の登場。世界水準の名手はさらにまた進化していた。もともとも凄腕なのは周知のごとくで、それに凄みが加わって大きな演奏を聴かせていた上に、今回はその凄みに親しみさえ感じさせるチャーミングさまで加わった様に思う。一曲目のベートーヴェンは最初の一小節で曲の総てを語ってしまった。精神性というか、この曲の気迫、凄いエネルギーを最初の小さな数音にこめて提示する。
 こういう芸当のできる人は数少ない。弾いている顔がほとんどベートーヴェンで、ベートーヴェンもきっとこんな風に弾いただろうなと思ってしまう。音色の使い分け、内声が良く聴こえる絶妙のコントロールで、緊迫感のある世界を創る。ベートーヴェンのヴァイオリンソナタと現在よんでいるが、ベートーヴェンはヴァイオリン伴奏付きピアノソナタと書いていて、重点はどちらにあるとはにわかに言い難いが、ピアノの比重は大変高い。また、当時のピアノの楽器としてのレベル(ピリオド楽器とてしてのピアノ)から考えても、若林さんの響きを締めた演奏はとても納得がいく。

 ブラームスは鈴木さんとの掛け合いのうねりなどがとても心地良く、ベートーヴンとまったく違うたっぷりとした響きの世界と音色を楽しめた。こういうブラームスはなかなか聴けない。
 最後のサンサーンスのソナタはめったにコンサートではお目にかかれない。確かにサンサーンスというと、やや様式的に新味がないといえばそう(均衡がとれ、折衷的)なのだが、たしかにこの曲もそういう感じはもつ。良く出来ていて、もちろん悪い曲ではないし、それなりの仕掛けもある。でも何か際立ったものがないと思って聴いていくうちに最後のAllegro moltoに突入する。ヴァイオリンが猛烈なスピッカート(弓を半飛ばしにして、早いパッセージを刻み込んで弾く)で演奏する所に、ピアノも細かく早い音符で応酬する、スリリングな場面だ。掛け合いに息を呑む。ピアノが音色を変える。ヴァイオリンが畳み込む。よくドラムがソロで連打の見せ場を作るような感じ。それを掛け合いでみせる超絶技巧といえば分かりやすいか。最後の見せ場に喝采の拍手で幕をとじた。聴いてみて、ある種曲に息吹を与えるのは、やはり演奏家なのだなあとつくづく思う。もちろん先ず曲ありきではあるが、その曲の面白さの何にスポットを当てるかということでは、奏者のアイディアはとても重要に思う。また我々は古今の名曲をややドイツ・オーストリアに偏って聴いている。そういう意味でもっと違う世界を無垢の耳で聴く必要もある。そういう聴き方を提示し、刺激を与えてくれるのも演奏家。とても満たされた一夜となった。アンコールはシチリア舞曲(パラディス)、わが母の教えたまいし歌(ドヴォルザーク)、スペイン民謡組曲(ファリァ)。

 (2010.9.18 松井孝夫)