とても味なコンサート。「献立は、モーツァルトのピアノとヴァイオリンの為のソナタへ長調K.376、シューベルトのヴァイオリンとピアノの為のソナティネ、後半がウェーベルンのヴァイオリンとピアノの為の4つの小品、クライスラーの愛の悲しみ・愛の喜び、シューベルトの幻想曲Op.159。
「ウィーン紀行」と題しているのだから当たり前だが、目玉になる曲をおかずに、というよりもクライスラー以外はあまり演奏されない曲で構成して「ウィーン紀行」と言うところが味わい深い。
最初のモーツアルトのK.376は、モーツァルトがザルツブルグの大司教コロレードと大喧嘩して、ウィーンで永住を決意した1781年のウィーンでの作品。音楽の都での心機一転の作だ。シューベルト、ウェーベルンは生粋のウィーン人、ウェーベルンは前衛の旗頭ウィーン学派の作曲家、クライスラーはウィーン生まれで、ある意味で「ウィーン風」の代名詞のような人。ただ、とりどりの「ウィーン風」を披露するのではなく、音楽の都ウィーンを舞台に、様々な個性がひしめき合った、その時にめぐり合う、その百数十年を旅するコンサート、まさに「ウィーン紀行」なのである。なかなか一般の興行では成立しにくい音楽会。こういう音楽会ほどここのような小さなスペースで味わうのが本当の贅沢というもの。
漆原さんは隙のない演奏でこの様々な天才を描き分けていた。どの作曲家も時代の影響の中から、独自の世界を作るのに懸命であることが、一曲一曲をこのようにたどることでよく分かる。とりわけウェーベルンは作曲家が追い求めた新しい音や世界を充分に感じさせてくれて、とても面白かった。シューベルトの幻想曲は、出だしのロングトーンを一弓でやっていて、シューベルトの音楽をものすごいテクニックで支えながら表現していた。演奏後のお話で、「シューベルトは難曲に聞こえない難曲なんです。」とおっしゃっていた。客受けを狙う演奏家があまりプログラムに取り上げないのも合点がいく。
ピアノ伴奏は三輪郁さん。軽やかなタッチから、全体をつつむフォルテまで、実にコントロールされて、なお音をつぶすことなく、みずみずしい音楽を表現していた。「ウィーン紀行」の名案内人という感じで、小粋さと躍動感で全体をつつんでいた。
アンコールはクライスラーの「ウィーン小行進曲」と「ベートーヴェンの主題によるロンディーノ」。
一聴衆の希望を言わせてもらえば、是非これをシリーズにしていただければと思う。いろいろな時代や組み合わせ、切り取り方が考えられる「ウィーン紀行」に出会いたいもの。