今までのコンサートの記録

第129回コンサート
若林顕ピアノリサイタル
AKIRA WAKABAYASHI Piano Recital
07.5.19(土)
Sat.,May.19.2007
プログラム
J.S.バッハ=ブゾーニ: シャコンヌ ニ短調 BWV.1004
L.V. ベートーヴェン=リスト: 交響曲 第9番 ニ短調 Op.125「合唱」
コンサート寸評

 また、とてつもないコンサートが生まれた。その腕前と音楽性で群を抜く、若林さんのピアノソロによる、バッハの「シャコンヌ」(ブゾーニ編曲)とベートーヴェンの交響曲「第九」(リスト編曲)だ。ともに超!名曲で、音楽好きの人なら何度も聞いているその曲を、ピアノひとつでやる。音楽ファンなら、垂涎のプログラム。もともとピアノ曲ではないだけに、ものすごい難曲となっていて、あまりコンサートで演奏する人は少ない。「シャコンヌ」はテーマを力まずさっと提示しながら、その後を変幻自在に変貌させていく。若林さんの十本の指は総てひとつづつ、あらゆる音色をコントロールできる。フレーズの一音一音の色合い・意味・感情をこれだけ見事に引分ける人を他に聴かない。その上で大きな音楽のうねりを構築していく。ここではまるでブラームスのような、濃厚なうねりの音楽の塊となって、聴くものに迫ってくる。個人的には、バッハの音楽には「祈りの心情」が香るのが好きだが、若林さんの、緩急自在の演奏には充分説得力があった。バッハの調性による万華鏡の世界が目の前で繰り広げられた。

 後半の「第九」は、ピアノ一台でオーケストラを弾くだけでも想像を絶するのに、その最強音から最弱音まで巧みにコントロールして、あの大シンフォニーを弾き切った。第一楽章のカオスの出だしから、二楽章のリズムの乱舞、三楽章の天国の世界を通って四楽章の人間賛歌へと、ものの見事に弾き分け、聴いていて心が熱くなった。その集中力と表現力はまさにベートーヴェン!年末がもう来ちゃった、という感じ。お客さん同士でも、「弾く人も大変だけど、聴くのもすごい体力が要るね。」という声が聴かれるほどの熱い演奏だった。若林さんは平成17年の末にこの「第九」を王子ホールで演奏している。その時は暗譜で演奏していて、既に手中になっていたのだと思うが、一年半の時の醸成はその表現に一層の深みを加えた。このリストのピアノ編曲版で「第九」を聴くと、音楽の構造がとてもよく分かる。ベートーヴェンがどういうアイディアで構想を膨らませ、音楽造りをしているか、レントゲンに写し出された写真のように、その骨組みが浮かび上がる。第四楽章を聴いていて不思議な感情につつまれた。それは、ベートーヴェンの考えと、ベートーヴェンを尊敬するリストの思いを、今目の前で若林さんが朗読してくれたような感覚。フィナーレの熱い感情は至福の到達点だった。

 (2007.5.19 松井孝夫)