今までのコンサートの記録

第119回コンサート
若林顕ピアノ()/久保田巧(ヴァイオリン)&山崎伸子(チェロ) ピアノ三重奏
AKIRA WAKABAYASHI/TAKUMI KUBOTA & NOBUKO YAMAZAKI Piano Trio
06.2.18(土)
Sat.,Feb.18.2006
プログラム
モーツアルト : ピアノ三重奏曲 第1番 変ロ長調 KV254
ピアノ三重奏曲 第6番 ハ長調 KV548
ピアノ三重奏曲 第7番 ト長調 KV564
ピアノ三重奏曲 第4番 変ロ長調 KV502
コンサート寸評

アートスペース・オーの第119回は、モーツアルト生誕250周年の(1)として、ピアノトリオのオールモーツアルトプログラム。曲目はNo.1,4,6,7番。トリオばかりまとめたコンサートというのもなかなか珍しい。どうしても同じ作曲家の一つのジャンルばかりで一晩をまとめるというのは一般的にやりにくいものなのだろう。しかしこのメンバーでの演奏は、さすがに曲のそれぞれの個性を際立たせて、最後まで躍動感あふれる珠玉の世界を堪能させてくれた。聴いているお客様の何人もの人が体を動かしながら聴いていたほど、心踊る演奏だった。勿論私も。

最初の第1番からすぐさまその世界に引きずり込んでくれたのは、チェロの山崎さん。モーツアルトの初期の曲ゆえ、単純ではあるが、既にモーツアルトの個性が息づいている曲。「いたるところに彼のオペラの場面や音楽を感じさせる」と演奏会後山崎さんは語っていらっしゃったが、最晩年のレクイエムの深刻さまで内包しながら、純粋な、ある意味で単純な音だけで作られた世界に、見事なまでの息遣いを吹き込んでくれていた。若林さんのピアノも弱音のコントロールから、ダイナミックな歌の部分まで、とろけるような上質の音色で、この上なく心地よい音楽を創り出してくれる。とりわけ若林さんのピアノの素晴らしい才の一つに、古典派の音楽があると私は思う。ロマン派と違い、一つの型にはめなければいけない古典派の音楽だからこそ、ある種の気品や美しさがある。その枠のある世界にいかに息吹を与えるかということになると、奏者の腕前がものをいう。その意味で古典は若林さんの独壇場のように思う。そしてバイオリンの久保田さんの確実な音楽によって、まさに息遣いのこもった、博物館のガラスケースに入った“古典”でない、そのときに生まれたばかりの初々しい曲としての音楽が目の前で繰り広げられた。やはり室内楽は比較的小さなスペースで、文字通り室内のスペースで、その紡ぎ上げられた織りの美しさを楽しめなければ、とまさに実感させる一晩だった。

4番以降は晩年の作になるが、明らかに曲の造りが複雑になってくる。そしてどのパートもずっとソノリティを増していく。まさにモーツアルトの才の煌く世界。各パートがおしゃべりし合うかのように話しかけ、受け応えながら、純粋なと感じさせてしまうような世界を作り上げていく。その美しさゆえの怖さや不安まで。

 一番最後に4番が演奏されたが、この曲は本当に明と暗、そして劇的なものを含んだ構成となっている。お客様の一人がピアノコンチェルトみたいと仰っていたが、感情的な振幅が大きく、なお且つ古典の枠に収まっている。チェロの山崎さんはその一音一音の短い時間の内にも様々なニュアンスを見事に表現して、なお全体に活き活きとした音楽を展開していた。山崎さんの卓越した音楽に引っ張られて、至福のモーツアルトとなった。

 アンコールは後半の最初にやった7番の2楽章、美しいバリエーションを繰り広げる世界。モーツアルトはいとも簡単にバリエーションを作る天才だが、そんなのびのびとした、難しい顔をしてやらない楽しさまでをも表現してコンサートを閉じた。今年はモーツアルトの生誕を記念して、世界中いたるところで演奏されるであろうが、とび抜けた極上の演奏会で今年のコンサートが始まって、とても幸せな一夜となった。

 
(2006.2.18 松井孝夫)