今までのコンサートの記録

第164回コンサート
鈴木理恵子(Vn) & 若林顕 (P) デュオ
Rieko Suzuki, Violin & Akira WAKABAYASHI, piano
2011年9月25日(日)
プログラム

ベートーヴェン: ヴァイオリン・ソナタ 第10番 ト長調 作品96
プロコフィエフ: ヴァイオリン・ソナタ 第1番 ヘ短調 作品80
フランク: ヴァイオリン・ソナタ     他


コンサート寸評
ASO第164回 「鈴木理恵子&若林顕デュオ」コンサート

 この日のプログラムは、ベートーヴェンのヴァイオリンソナタ10番、プロコフィエフのヴァイオリンソナタ1番、後半にヒナステラのパンペーアーナ1番(ラプソディー)、フランクのヴァイオリンソナタという重量級のプログラム。

 最初のベートーヴェンは彼のヴァイオリンソナタのジャンルでは最後のもの。ちょうど交響曲の7番、8番を書いていた頃の曲だ。「クロイツェルソナタ」(10番)を完成した後、ある種今までのスタイルを解き放った感じを持つ曲だ。透徹した、ある種つかみ所が明確でない分、表現するには相当の難曲ともいえる。
 この曲の冒頭の2、3音で、若林さんはすでにその世界を表現してしまった。一幅の絵を見せてくれるように。非常に美しい、澄み切った音を連ねて、我々をその世界に誘っていく。特に一音一音の響きをけして濁らせないので、内声に当たる音などは極めて美しく聴き取れ、何か精神的に到達した世界を創造し、そこに鈴木さんのヴァイオリンが包み込まれる。こういう演奏にはなかなか出会うことができない。
 若林さんの古典、特にベートーヴェンはとても評価が高いのはよく言われているところだけれど、本当に参ってしまう演奏とはこういうものをいうのだろう。聴けて感謝。

 プロコフィエフは、極めて知的に書き込まれた曲でありながら、大向こうにアピールするところもある名曲。リズムを強調する演奏をよく耳にするが、勿論小気味良いが、決してそれだけでなく、中味を丁寧にかみ砕いていく姿勢が鈴木さん・若林さんの演奏からにじみ出てくるのもとても良かった。
 ヒナステラはヴァイオリンの演奏技巧を駆使した曲で、相当な難曲だろうと思われるが、最初のハーモニックス(弦の倍音を使う奏法で、高い、笛のような音を出す)から、鈴木さんは汗かくこともなく(のように見える)見事に難曲を弾ききっていた。ちなみにヒナステラはアルゼンチンの作曲家で、あのピアソラの先生だそうだ。

 最後のフランクはいわずとしれた名品。しかし、なかなかこれぞという名演にはぶつからない。最初から気持ちが入り込むと最後は絶叫になってしまうほど盛り上がってしまうし、かといってサラサラとはとてもいかない曲。鈴木さん・若林さんの演奏は、今まで聴いた名演の感じとは少し違った印象だったが、非常に説得力のあるものでもあった。この曲の違った面を見せてくれた感じ。一音一音の音色の移り変わりを練り込みながら、部分も全体も大きく磨き上げていく。だからクライマックスも、もちろん十分に盛り上がりながらも絶叫にはならない。こんなに素晴らしく中身の濃いものを、一夜でたっぷり間近に聴けるのは、本当に“贅沢”。芸術の秋にふさわしいとても満ち足りたデュオだった。

 (2011.9.25  松井孝夫)