音楽プロデュースを手掛けるに当たって!

小生が音楽プロデュースを手掛けるようになった切っ掛けは、多分少年期よりの音楽体験がその根底にあるように思う。
「背筋がゾクゾクするような感動」数十年前に日比谷公会堂で聴いたヘンリク・シェリングのバッハ:無伴奏ヴァイオリンソナタ「シャコンヌ」、シャルル・ミンシュ指揮/ボストン交響楽団のブラームス:交響曲第2番が正にそれであった。

1954年小学生だった小生は、チェロのピエール・フルニエとピアノのウイルヘルム・ケンプのジョイントコンサートを聴きに行った。曲目については定かではないがベートーベン:チェロソナタ、魔笛の主題による変奏曲他だったと思う。以来、クラシック音楽に目覚め、朝の名演奏家の時間,音楽の泉等のラジオ音楽番組を貪り聴く事になる。 没頭の余り、学校を遅刻することも度々あった。

クラシック音楽に対する興味はレコード、コンサート、書物に接するだけでは満足出来ず、とうとう楽器演奏まで手掛けるようになった。フルート・ピアノ・聴音・指揮法を囓り、将来は音楽を職業にしようとまで考える程の のめり込みようであった。

当時クラシックのコンサートは数少なく、又会場も音楽専門でない多目的ホールで行われていた。音楽を聴く環境はまだ充分には整っていなかったが、クラシック音楽に飢えていたので、貪欲に質の高い、良い音楽を求めて奔走 した。勿論、外来演奏家のコンサートも同様で、音楽愛好家にとって、一つ一つのコンサートは貴重なものだった。小生はまだ学生の分際であったがため、数少ない、安いチケットを手に入れるため、徹夜して並ぶことも度々あった。物心付いてから生演奏を聴きに通った回数は、もしかすると、演奏を間接的に聴くレコード、ラジオ、テレビ、CD、DVD等よりも多いかもしれない。演奏を聴きながら「背筋がゾクゾクしてくる感覚」それはダイナミックスと静寂、美しいメロディとハーモニーそしてそれらに伴う“間”であった。それを味わう事 こそが、充実した音楽そのものを体で感じる生演奏の醍醐味なのである。
今後も更に上質の音楽を求め、今まで培ってきた音楽上の経験・知識・体感の総力を挙げ、生演奏を聴き続けたい。

このような思いから、音楽プロデュースを手掛けるに当たっては、最低一度はその音楽家の“生演奏”を聴かせて頂くことをモットーにしており、独断と偏見になるが、小生から見て、感性・感覚、そして情緒を持ち合わせた芸術家 をご紹介させて頂くつもりである。

アートスペース・オー/大橋喜昭

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